横浜未来の文化ビジョン

横浜市では、2012 年に「横浜市文化芸術創造都市施策の基本的な考え方」を策定。これまでこの考え方を基に文化政策を推進しきました。策定から 13 年経過し文化芸術創造都市施策の成果と課題、横浜の文化の現状、取り巻く環境の変化を踏まえて、10 年後の横浜の文化の将来像を「横浜未来の文化ビジョン(仮称)」として描くこととしています。

このビジョンにより⽂化施策が⽬指すものを明確にした上で、その実現に向けた事業⼿法を再構築し、市⺠の皆さまが⽂化的豊かさを実感することを考えられています。またビジョンでは、文化振興とまちづくりを結びつけて、未来の姿を策定しています。文化振興もまちづくりも時間をかけて、少しずつ、前進していくものです。

そのためには、未来を見据えた継続した施策が必要となりますので、当面 10 年間で取り組む方向性を定めつつ、長期的に目指す姿を描きます。

素案の中で、横浜市の文化の歴史と現状について以下のように綴られています。横浜の歴史を振り返ると、縄文時代から人が住み、豊かな人物表現のある土偶がつくられていました。中世には湊が交易の拠点となり、江戸時代には東海道の宿場が3宿開かれ、国内の移動の大動脈を支えていました。宿場では、短歌をはじめとしたさまざまな文化が営まれていました。

大きな城は築かれなかったものの、多数の寺院があり、鎌倉時代につくられた仏像等様々な美術品が宝物として伝承されました。
開港期には欧米の文化と直接向き合い、市民は旺盛な好奇心を持って、それら新しい文化を吸収しました。明治期にはこうした新しい文化を求めて全国から人が集まり、いち早く洋画・写真などの技術を習得した人たちが作品をつくりはじめました。

海外へ超絶技巧の陶芸等工芸品を輸出することで産業が発展してきたのです。大正期にはこうした貿易によって財を得た商人により、能楽振興や美術振興が行われました。代表的な存在が原三溪で、古建築を集めた庭園を築き、美術品の一大コレクションを築き、当時の新進作家を支援しました。

関東大震災と第二次世界大戦によって、横浜は壊滅的な打撃を受けましたが、そのたびに市民はいち早く文化活動を再開し、復興に向かう心の糧としてきました。戦後の発展とともに横浜の文化は、伝統に基づくとともに先進性を掲げて展開してきました。全国に先駆ける市民ギャラリーの開設、現代音楽を紹介するシリーズの実施、横浜美術館や横浜みなとみらいホール、各区の区民文化センターなどの文化施設の整備・運営、横濱ジャズプロムナードや横浜トリエンナーレなどの大型イベントの実施、そして 2004(平成 16)年からは文化芸術創造都市施策の推進に取り組んできました。

この間、文化団体による多くの活動が展開され、年齢層を問わず幅広い市民の皆さんが日常的に文化活動に参加してきました。近年は大型アリーナなどの整備が進み、ライブハウスなども含めた文化施設の集積が進むとともに、民間主導の文化イベントも開催されています。基本的な方向性としては、概ね 10 年後の横浜の文化の姿を描く基本的な方向性と4つのビジョンです。横浜の持つ強みを生かした「『横浜文化』の創造」を基本的な方向性として、4つのビジョンの実現につなげます。

横浜の歴史や文化の蓄積を尊重するとともに、現代に新たに生まれる文化を未来へ展開し、持続し高めていくことにより、横浜市民のアイデンティティとなる「横浜文化」を、市民の皆さんとともに創り上げます。

以下の期間でパブリックコメントを募集する事になります。詳細は、横浜市ホームページ(https://www.city.yokohama.lg.jp/kanko-bunka/bunka/bunkashinko/vision.html)

パブリックコメント募集期間
令和8年1月20日(火曜日)から令和8年2月25日(水曜日)

ご意見の提出方法
次のいずれかでお寄せください。
●横浜市電子申請・届出システム
 横浜市電子申請・届け出システムオンライン入力フォームにアクセスしご入力をお願いします。

URL :
TRACKBACK URL :

コメント

  • 最近の投稿
  • 人気の記事
  • Category
  • アーカイブ